夏目漱石『道草』の冒頭は、養父との何年ぶりかの突然の鉢合わせから始まる。
「すると車屋の少しさきで思い懸けない人にはたりと出会った。その人は根津権現の裏門の坂を上って、彼と反対に北へ向いて歩いて来たものと見えて、健三が行手を何気なく眺めた時、十間位先から既に彼の視線に入ったのである。そうして思わず彼の眼をわきへ外そらさせたのである。」
人は近づいてくる人を見て、その人を知っているなら、何らかの反応をする。『道草』の主人公のように眼を反らしたり、微笑んだり、怖い顔をしたり、知らん顔をしたり。目は口ほどに物を言う、と言われるが、その人の目を見ていれば何を思っているか予測がつくことが多い。
言葉よりも先に身体が意識を表している。その中でも目は一番反応が出てしまう。