ojos de perro azul:青い犬の目

青が好き。時々刻々と興味・関心が移ろいで行きますが、あまり守備範囲は広くありません、

本能寺を通り抜けて

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昨日、京都市役所前で降りて、京都市役所を通って寺町商店街に入り、本能寺を通り抜けて、いつものように本屋に向かった。

 

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市役所の向かい側にあるホテルオークラ地下通路から地上に向けて歩くと、上記二つのオブジェが目に入る。

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京都市役所。工事中だった。現在も使っているのだろうか。かなり年代物の建物だ。

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寺町御池。京都市内の中心部は碁盤目で今どこにいるかが簡単に分かる。

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寺町商店街入り口。昔とそれほど変わっていない。

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寺町商店街を入るとすぐ本能寺の正面入り口が目に飛び込んでくる。

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本能寺の変戦没者合同供養塔の名簿。

上の方に有名な森蘭丸の名前も見える。

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乱立する墓石。本能寺境内には、無造作に墓石や供養塔が建っている印象がある。統一感があまりないお寺だ。

境内を一般の月極駐車場として使ってもいる。

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信長公の墓。信長が本能寺で亡くならなかったら、歴史は変わっていたかもしれない。

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本能寺の河原町通出口。京都の繁華街、河原町通が見える。

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本能寺が法華宗だと言うことは、あまり知られていないように思う。

 

本能寺の変当時、本能寺は、寺町御池ではなく、蛸薬師堀川辺りにあった。

今も石碑があると思う。

 

本能寺の変はよく知られた事件だけれど、あまりにも昔のこと過ぎて、事件の実像には灰色の部分が多いと思う。

過去は、それを見る人によって異なった像を結ぶ。

なんで君が泣いているのか分からない日もあった

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台風がなかなか通過しない。

明日の朝、大丈夫なのだろうか。電車ストップ・遅延でバタバタするかもしれない。

 

非日常は子供にとっては嬉しいだろう。明日、学校休みかもしれないとか、午後からかもしれないとかで、ワクワクするだろう。

私も小学生の頃、授業途中に突然暴風雨になり、向かいのマンションから座布団が飛んで来てびっくりしたのだが、その直後、帰宅になった覚えがある。

今思えば、台風ならば、どうしてもっと早く帰らすとか、休校にするとかしなかったのだろう。

 

昨夜、こう書いて寝てしまいました。

朝起きたら、台風は大したこともなく通過していました。

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 なんと言うことはない机の写真なのですが、近頃、一眼レフもただ撮影するだけでなく、ISO・シャッター速度・絞り値など、細かい調整を考えて撮影しています。

そうすると、同じ写真でも、よく見ると結構細部が綺麗に撮れていたり、自分の望んだ色に仕上がったりします。

 


Sekai No Owari - Error [Tarkus]

 なんで君が泣いているのかわからない日もあった

 

ロボットだから分からないのか?

ロボットの彼は、彼女が泣いている意味が分からず、それを知ろうとした。

 

エラー音がうるさいから

君を殺しちゃおうと思って銃を向けた

でも僕にはそれができなかった

 

今朝、空に微かに虹がかかっているのを見た。

夕方、帰宅するとき、西の空が薄っすらと赤く染まっていた。

耳を澄ませると、夜に鳴いている虫の声も違って来ている。 

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130億年前の宇宙からの光。宇宙誕生から4億年後。この写真の撮影は2003年。

私たちの時間感覚が大きく崩れてしまう。

 

生命は永遠ではないし、宇宙でさえ、誕生していつかは消えていく。

でも彼女が泣いている意味、彼女が目を擦った仕草の意味を知ろうとすることは、彼にとって、永遠に意味のあることだと思う。

恐竜、七瀬シリーズ、ハンニバル、あさひなぐの日々

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仕事が早く終わったおかげで、久しぶりにゆっくりと本屋に寄れた。

現代思想2017年8月臨時増刊号 総特集=恐竜 -古生物研究最前線-

現代思想2017年8月臨時増刊号 総特集=恐竜 -古生物研究最前線-

 

 20代の頃、毎号読んでいた『現代思想』も、最近はそんなに読まなくなった。

今回の臨時増刊は「恐竜-古生物研究最前線-」であった。

最初のインタヴューを少し読んだら、滅茶苦茶面白かったので買った。

恐竜学など全く知らない私には、自分がイメージしている恐竜の世界と最新の研究における恐竜の世界が如何にかけ離れたものか、その点にとても惹きつけられた。

例えば、以下の論点がある。

  • 恐竜から鳥へと進化したルートがあった。
  • 骨の軽量化によって、恐竜の巨大化が起こった。骨の軽量化は、鳥類が飛翔することになった要因でもある。

恐竜が30メートルまでに巨大化できたのは、骨の軽量化が要因であり、骨が重いとどうしても巨大化に限界がある。象やマンモスなど哺乳類の骨は重いので、5メートルが限界である。

鳥が飛翔できるようになったのも、骨の軽量化が要因で、恐竜と鳥の共通性がここにある。

こうした記述を読むと、本当に面白いなと思う。

 

20代に親交のあったペルー人一家の息子が、恐竜好きであり、日本で学費を貯めて、アルゼンチンで恐竜学を学びたいと言っていた。

アルゼンチンは恐竜化石の宝庫である。

日本では福井県が恐竜化石のメッカであるが、日本列島と恐竜という組み合わせは、もう一つピンと来ない。

だけど、「むかわ竜」という恐竜が北海道で発見されて、日本の恐竜の生態も少しずつ分かって来ているみたいだ。 

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家族八景 (新潮文庫)

家族八景 (新潮文庫)

 

筒井康隆の「七瀬シリーズ」を読んでいる。

筒井康隆は面白いと思うのだが、「文学部唯野教授」を読んだくらいで、どちらかと言うと今まで敬遠して来た作家だ。 

家族八景』は、読心ができる七瀬が、お手伝いさんとして様々な家族の元に出入りするのだが、筒井康隆流の戯けた文体ではなく、割と読みやすい真面目な文章で書かれている。

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ハンニバル  地中海世界の覇権をかけて (講談社学術文庫)

ハンニバル 地中海世界の覇権をかけて (講談社学術文庫)

 

 断続的に、西洋史・日本史・東洋史といった歴史学に触れずにはいられない。

特にローマ帝国に関わる事柄は、気になってしまう。

ハンニバルは、カンネーの戦いでの戦略が有名だけれど、過去の歴史を資料によって浮かび上がらせるのは、恐竜学をはじめとする古生物学と似ている。

新しい資料や化石が見つかれば、それまでの通説は覆される。 

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あさひなぐ 24 (ビッグコミックス)

あさひなぐ 24 (ビッグコミックス)

 

あさひなぐ』が映画化された。

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子供の頃、剣道を嫌々やっていた私は、『あさひなぐ』とはまた違った風に武道と接していた。

剣道の袴や面や小手の、匂いの強烈さは、今でも鼻に残っている感がある。

鬼のような指導官の怖さや練習前の逃げたくなるようなプレッシャーは、子供だったからなのだろうか?

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今日は雨降りのため、自宅で仕事の資料作りをしていた。

エクセルは使えば使うほど、技を覚えたりして、よりサクサク作れ上達していく。

ただ、パソコンを使うと時間があっという間に過ぎていくので、要注意だ。

それにパソコンの設定やトラブルは、本当に時間があるときに集中してやらないと、滅茶苦茶時間がかかる。

近頃のパソコンは機能も向上し、バグも減って来たし、そうでもないけれど、windows95/98時代のパソコンだと、トラブルが多かった。

 

パソコンも、ようやく身の回りに普通にある家電製品の仲間入りをしたのだろう。

幻想の空間

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ここしばらく、書いていなかった。

文章が浮かんで来て、これを書こうという瞬間が何度もあったのだが、残念ながら、仕事中や通勤途中であり、帰ったらヒラメキがなくなり、書く気がおきなかった。

 

私は、結構、頭の中に文章が浮かんでくる。ああ、こういうことをこんな風に書きたいなと考える前に、文章が頭に突然浮かんでくる。

そういうときに、パソコンの前にいたりすると、サクッと書いてしまう。

音楽の曲を作るのも、スッとメロディが出てくる。

適当に歌詞をつけて即興で歌うこともできる。

 

クリストファー・ノーランの『ダンケルク』が公開された。

最近では、映画館には滅多に行かなくなったが、ノーランの作品は全て観ていて、今回の『ダンケルク』も気になっている。

wwws.warnerbros.co.jp

 戦争映画というジャンルがあるが、戦争も、その語り口によって、様々なスタイルに出来上がる。

 

今日は、帰りにマクドナルドに寄った。

ダブルチーズバーガーセットを頼んだ。

そして、帰って夕食を食べた。

私は、20代の頃にかなりの量を食べられる鍛え方?をしたので、底なしに食べることもできるが、さすがに近頃は、食べる量も減って来た。

時々マックを食べたくなる。

 


カブトムシ - aiko(フル)

昔聴いていた曲がふと浮かんでくる。

aikoのカブトムシもその一つ。

だけど、またaikoを1から全部聴こうとは、今は思わない。

ある曲は、過去のある風景と一直線に結びついている。

その曲を聴きこむということは、過去にまた戻るということを意味する。

 

 

都心部に住んでいた頃、どうしてだか、川越に憧れを持つようになった。

関西地方に住んでいるときには、はるか遠い東京や関東地方に、強い憧れを持っていた。

幼少の頃には、行ったこともない遠い遠い異国の地に想いを馳せた。

 

人は、今いる場所から遠く隔たった、見知らぬ土地に郷愁のような感情を抱くのだと思う。

関東地方に初めて住んだとき、ここが自分が数年間思い描いていた土地なんだなと、改めて実感し、自分が何かすごいことを成し遂げたように感じ、憧れの土地にいながら郷愁を感じるという矛盾した感情を抱いた。

 

現在では、そうした見知らぬ土地に想いを馳せる新鮮な感情は、なくなってしまったのかもしれない。

色々な土地に行き、色々な土地に住んで来たから、憧れを持つ土地は無くなってしまったのだろうか。

 

しかし。

幻想の空間が消滅してしまったわけではない、と思う。

ヒッチコックだったか、誰かの小説だったか、存在しない「幻想の13階」という空間を描いた作品があったが、現れては瞬く間に消えていく幻想の空間は、現在では、ネット空間上に拡がっているのではないかと思う。

azul、情熱の青

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私は青が好きである。

だから、ブログの名前にもazulという言葉が使われている。

しかし、気に入った青色に出会うのは、滅多にない。

 

24歳の頃、コートダジュール(紺碧海岸)に連なるバルセロナの海岸で、憧れていた地中海に初めて出会った。

幼い女の子が水遊びをしていた。水は綺麗だったかどうか覚えていない。

 

私にとって理想の青は、ラピスラズリの青やフランス語・スペイン語などでアスール・アジュールと呼ばれる紺碧の青である。

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先日、兵庫県豊岡市の名産であるカバンを見に行った。

豊岡鞄は、古くは奈良時代からルーツがあるらしい。

実物を見たが、お洒落であり、オリジナリティがあり、何と言っても、青色が鮮やかなのが目を引いた。

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鞄は、時間をかけて吟味した上でと思った。

それで、どうしても青色が気に入ったので、上記のカードケースを買った。

写真は光が当たっているから明るいが、本当はもう少し渋い青色である。

 

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財布は、これもやはり青色を使っている。

これはもう7年以上か、もっと前に購入したものである。

これは、青が気に入ったのもあるけれど、olivetti社のものであったからだ。

olivettiは、タイプライター草創期に登場したタイプライター製造会社で、ニーチェも使っていた。

 

タイプライターは、盲人と親和性のある機器である。つまり、目が見えない人でも、手触りでキーの位置を把握し、文章が書ける。

ニーチェとタイプライターの関係を知りたければ、以下の本が、解読しにくいけれど、興味を惹くと思う。

グラモフォン・フィルム・タイプライター

グラモフォン・フィルム・タイプライター

 

 azul、情熱の青色、紺碧海岸の青。

情熱と言えば赤色だが、私にとって、情熱の色はazulだ。

紺碧の深く深く潜む深みから、我々目掛けて投げかける思慮深く、だが止め処ない情熱を携えた青色。 

夏の終わり、東山給水塔を探して

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名古屋に、それほど知られていなくとも、変わった建物はないかなと調べていたところ、偶然、東山給水塔を発見した。

レトロな風貌が目を引いた。

 

しかし、行ってみたら、ご覧のように閉まっていた。

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でも、高い建物なので、少し歩けばその頭が目に入った。

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だけど、全貌を見るには、さらに歩かなければならなかった。

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実は、この給水塔、少し前に行った日泰寺から見えていた。

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 ずいぶん前、映画にもなった小説に『鉄塔 武蔵野線』というのがあった。

これは、鉄塔を探し求める少年のお話だった。

 

名古屋は、京都とも東京ともまた違った文化地帯だと思う。

日泰寺や東山給水塔の周辺を歩きながら、過去のモノの扱い方が、また違うなと思った。

 

いくつか写真を載せておきます。

今回は、たまたま塔シリーズになりました。

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昨日、部屋に小さな蜘蛛がウロウロしていた。

覚王山の真っ青な空に、鳥が天高く通り過ぎて行った。

航空公園の豊かな木々は、どうしているだろうか。

板橋区の団地に隣接している図書館は、今もひっそりと人々を迎え入れているのだろうか。

何かが壊れてしまいそうで、何かが消えてしまいそうで、でも何も変わらないようにも思える。

 

秋が、せり出しつつある。

朝も夜も少し肌寒い。

消え去ってしまった思い出、そしてまた未来の思い出に

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 Mr.Childrenの初期の曲を聴いていると、様々な風景や思い出が交差して蘇ってくる。

 

長く続く川沿いの道を、何度も何度も車で行き来した。橋を渡り、隣の町からその先の町へと車を走らせた。

鉄橋を越え、歩道を通っていく自転車。眼下の川には、砂利船が行き来している。

懐かしい風景。下町のそれほど大きくもない駅の正面玄関。

 

そうした景色を当たり前のように目にしながら、季節は秋から冬へ、冬から春へ、春から夏へと移り変わり、優しい空気の中で、ただただ時間が過ぎ去って行った。

その当時も、今と同じように生きていたのだと思う。過去は、美しく蘇るということなのだろう。


Mr.Children CROSS ROAD pvフル

現在という状況を摑まえることは難しい。

客観視しにくいからだ。

だけど、今という時間を、今過ごし体験している時間を、冷静に捉えることは、困難だけれど魅力的でもある。

今を把握できれば、未来へと向かう道筋も輪郭が浮き上がってくる。

 

何億光年も先の、恒星から届く光を思い浮かべては、物理現象に驚く以前に、ロマンティックなストーリーに、自分が生きている時間の不思議さを感じた。

 

また、今週末も写真を撮りに行こうと思う。