ojos de perro azul:青い犬の目

青が好き。時々刻々と興味・関心が移ろいで行きますが、あまり守備範囲は広くありません、

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書けない時は書けない。書ける時は書ける。

 


糸 BankBand

BankBandが中島みゆきの「糸」をカバー。

随分前のカバーですが、知らなかった。


糸 - 中島みゆき

原曲の歌詞付き。

 

なぜめぐり逢うのかを

私たちは何も知らない。

いつめぐり逢うのかを

私たちはいつも知らない。

 

自分が、誰に、いつ、どこで、なぜ出会うのか、私たちは分からない。

突然、人は出会う。

この場合、一般的に、気になる異性と出会うことを指すけれど、異性だけでなく、感動する音楽や映画や小説と出会うことも含めて、出会うのは突然である。

そうした予測できない、圧倒的な対象との出会いを、人は運命と呼ぶ。

ここに、神のような形象が登場する余地がある。


Bank Band 「こだま、ことだま。」MUSIC VIDEO


Bank Band - はるまついぶき - ap bank fes 11 LIVE


Bank Band「歌うたいのバラッド」 from ap bank fes '11 Fund for Japan

Bank Bankの歌をいくつか載せておきました。

 

私の音楽との運命的な出会いは、小学4年生頃のモーツアルト魔笛・序曲』

以降、ステレオとヘッドホンが私の必需品になった。

ミスチルは、90年代に登場した頃は、いくつかの曲以外は分からなかった。

それが、何かのきっかけだと思うのだが、すっと分かってきて、現在では全曲聴いていると思う。

音楽にしろ、小説にしろ、映画にしろ、ゾクッとくるものに出会えるのは、幸せだと思う。

 

U2も、私にとっては重要な音楽である。


U2 - Shadows And Tall Trees

アイルランドの、このバンドは、宗教的な傾斜を、現代的に・ロック調にアレンジしたとでも言うのか、日本人の作る曲とは全く異なる音楽を作り上げている。

私は、U2Stingといったヨーロッパの音楽家を通じて、宗教がキリスト教が、いかに西洋において今も精神的な背景・糧になっているのかを垣間見た。

 

日本人の作る音楽は、坂本龍一も言うように、基本的に演歌であり、誰のことを好きだとか、誰かがいなくて悲しいとか、仕事頑張れよとか、そうした日常の情景を歌っている。

nyan55.hatenablog.com

 私は、どちらも好きである。

それは、私にとって日本の精神性も西洋の精神性も、どちらも重要で、掛け替えのない毎日の全篇に亘って登場する通奏低音だからである。

新しい時代

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今週末は色々と行事・イベントが重なりました。

街はクリスマス・年末色に染まってきています。

 

耳を傾け目を凝らせば、時代は新しい方向に舵を切っているのが感じ取れます。

同じ鐘の音、同じクリスマスツリーに思えても、その後ろでは新しい風が吹いてきています。

ヨーロッパが歌う、日本が囁く

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 ヨーロッパは、その精神性において日本と全く異なる。

 

例えば、ヨーロッパ人の異性との関係性は、日本人とは違う。

自由や平等や権利といった概念を、日常生活に取り込んでいるのがヨーロッパ人なら、日本人は学校の授業で聞くレベル。

 

ヨーロッパを評価して日本を見下しているのではない。

日本には、西洋にはない独自の世界がある。これは素晴らしいものだと思う。

その精神性において西欧と日本は全く異なっていることを言いたいだけである。

何百年もに亘って積み上げて来た精神性を今更変えることはできない。

日本と西洋の違いには、宗教がキリスト教が深く関わっている。

 

西洋の制度を取り入れた日本。世界標準が西洋の制度が基準である限り、日本のはみ出しはどんどん増加していくだろう。

大企業が製品データ改ざんを行ったりで、コンプライアンス違反で問題視されている。今に始まった事ではないけれど、こうしたデータ書き換えだけでなく、企業の日常業務・職場環境も、大企業では劣悪な場所がそれなりにある。

正直に申し上げて、日本の大企業の内部は、腐っている。企業の常識は世間の非常識と言われるが、誠にその通りだと思う。

本当に救いようがないブラックな環境が罷り通っている。

 

また、多くの学生は名前の通った一流と言われる企業に入ろうとするが、そんな形だけの名前などではなく、もっと堅実に経営を行っている中小企業に目を向けるべきである。

もっと自分の目や頭や脚を使って、実質的な就職活動をしないと本当に後悔します。

Songs Of Experience (Deluxe Edition)

Songs Of Experience (Deluxe Edition)

 

 U2が新作を出した。

ヨーロッパ音楽世界も、日本とは違う。

ヨーロッパが歌う、日本が囁く

非婚ですが、それが何か! ? 結婚リスク時代を生きる

非婚ですが、それが何か! ? 結婚リスク時代を生きる

 

この本には、現在を生きる智慧やアイディアやヒントがいっぱい詰まっている。

現代は、女性の生き方から学ぶことが多いと思う。男性からは、ほとんど何も得られないし、日本の男性は単純で子供。

もっと女性の生き方を観察すれば、もっとまともな男性が増えると思う。

 もう世界は今までとは違うスタイルで動き始めていて、次のステージに移りつつある。生活スタイルや異性関係・家族関係もそれに合わせて変更していかないと、生きづらくなる。

 

日本批判、男性批判になってしまいましたが、批判してしまうのは、日本や男性が気になっているから。

どの国のどの人にも幸せになってほしいと思う。だから、まともだと考えられるところから、真摯に学ぼうとしなければいけないと思う。 

年末の波が押し寄せる

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シングルスカルから延びたオールが、水面の水を掴み、勢いよくスカルを進ませる。

琵琶湖の瀬田川大橋を潜って、オアーズ人たちが進んでいく。

もう関西に来てから、まる4年が経過した。

 

ねきから、もうちょっと離せへん?

関西弁を解さない人からすると、何を言ってるのか推測しづらいかも知れない。

ねき?へん?
何のことだか分からない。

今日、何十年ぶりかで、ねきという言葉を聞いた。
子供の頃、祖母がよく使っていたのだが、近頃は全く聞いてなかった。

にぬき、かしわ、なんば、なども関西独特の表現だろう。
語彙が豊富な関西弁。

私のイントネーションも少しずつ標準語から関西訛りに移動している。

 

紅葉の季節真っ只中だ。
昨年、一眼レフを初めて買って、この一年、様々な風景を写してきた。
だけど、異なった風景をいくら写しても、被写体の種類が増えていくだけである。

紅葉は綺麗だし、クリスマスのイルミネーションも素敵だけれど、それを写すだけだと記録写真で終わってしまう。

写真技術も必要だけれど、写真をどう撮りたいか、どういう視点から撮るのかという点を入れていきたい。

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スターウォーズ・エポソード8』が来月公開される。

それに合わせてか、キャス・サンスティーンがスターウォーズに関する本を出した。

サンスティーンがスターウォーズ?と思って吃驚したけれど、1954年生まれの彼は、スターウォーズに20代で接して、ハマってしまったのだろう。

スター・ウォーズによると世界は

スター・ウォーズによると世界は

 

 一つの映画作品から、時代を代表するSF映画となり、さらに現代を・世界を映し出す鏡となったスターウォーズ・サーガ。

スターウォーズには、現代人が直面する選択に対しての、向かわざるを得ない方向が刻印されている。

 『へうげもの』の影響で読んでみた。

現在の明智光秀像は、かつての主君に対する裏切り者という、とんでもない男から、随分と出来た武将のイメージに変わっている。

特にこの『信長を殺した男』の光秀は、実際の明智光秀像に一番近いのではないかと思われる。

この漫画・原作が優れているのは、光秀の生涯を事細かく描いていて、特に重要な転機となる合戦について、その位置付けや経緯がきっちりと描かれている点である。

幼少の頃、父親に連れられて、京の町の路地裏にひっそりと眠っている、あまり知られていなかった光秀の首塚に行ったことがあった。

普通に京都の人が暮らしている路地奥に密集した家屋の真ん中に、大事そうに置かれた首塚があった。

あれからかなりの月日が経過した。明智光秀像がこんなに変わるとは思っていなかった。

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 昨年の今頃に撮影した慈照寺銀閣と紅葉の写真。

今年は10月的な期間が短かった分、11月が長く感じられる。

黄昏流星群 (1) (ビッグコミックス)

黄昏流星群 (1) (ビッグコミックス)

 

 弘兼憲史『黄昏流星群』は、よく行く喫茶店に置いてあって、そこに行く度に読んでいた。

年齢層の高い人物が主人公の、まさに人生の黄昏の人たちのお話が詰まっている。

おっさんくさいなと思って読んでいたけれど、歳をとっても中身の若々しい人はいるし、若くても中身はどうしようもない人もいる。

この漫画も、登場人物の年齢を気にせずに読めば、そこで起こっていることが決して年齢に関係なく出会う事柄であり、それに対して自分はどんな風に対処しアクションを起こすのかとシュミレーションが出来る。

勿論、年齢に応じてしか遭遇できない事柄もあるけれど、未来の出来事として読めば、面白いと思う。

ふざけているようでふざけておらず、真面目でいるようで真面目すぎず、でも大事なのは、やっぱり人をよく見て感心を持ち、近視眼的でなく、その人のことを考えて行動することだと思う。

 

 年末の商店街、枯れつつある樹々、寒そうに家路を急ぐ人たち、郊外へ向かって電車が走っていく。

年末の波が今年も押し寄せてくる。

新選組隊士一覧表、生き方と逝き方の不安と闘う、秋晴れの『世界の終り〜』

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気がついたらもう霜月も後半である。

 

本に関して、書いておきます。

歴史のなかの新選組

歴史のなかの新選組

 

 巻末に掲載されている「浪士組・新徴組隊士出身別一覧表(文久三年現在)」に関する注釈として、著者は以下のことがらを書き記している。

 

幕末期と明治前半期は、近世と近代に截然と分けるよりは、共に巨大な時代の過渡期なのであり、そこに生きる人々にとっての同時代だったのである。

 

1860年代に20代・30代の青年・壮年であるならば、明治一桁代・10年代も彼らにとっての同時代であり続けていた。

 

1869年4月、最後の新選組隊長に相馬主計がなるが、彼は新島流刑後、豊岡県の官吏となり、1875年1月10日付の「日新真事誌」に、流されていた新島の椿油の商品化の可能性に関し、数字を駆使しての詳細な提言を投書している。

 

この一覧表とそこに関わる人々の生き様とその生き方のそれぞれの軌跡そのものの認識こそが、この巨大な過渡期を認識する最も確実な方法だと私は思うようになってきている。

 

私は、大きな時代の変動期である幕末・明治前期だけではなく、現在の平成においても、いや、どの時代においても、その時代を生きる無数の人々の一覧表にある、どの人の生き様も、その時代を映す鏡であり、その生や魂の轟に目を凝らさなければならないと思う。

AERA11/20号

AERA11/20号

 

 現在を生きる人々の切実な心配事、老後・高齢化社会へと連なる現在の状況。

漠然とした不安を抱く人々。

政府の真剣な取り組みも当然だけれど、個々人の現実味のある対応策が喫緊の課題。

どうしたらいいんだろうという切羽詰った気持ち、幸せに生きるよりも老後を生き切れるかという重い課題。

 

AERA最新号は「逝き方が不安だ-家族に看取られて大往生は夢の時代に-」という特集を組んでいる。

非正規労働・シンブルマザー・フリーランスLGBTといった状況から生じる低賃金や独身といった状況。

多様化した生き方から生まれる逝き方の不安。

世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド

世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド

 

 今年の10月には、秋晴れという日がほとんどなかったと思う。

毎年、9月に入り台風が去って、10月の運動会日和な晴れの日が訪れる。

すると、村上春樹の『世界の終り〜』を読みたいと思える瞬間がやってくる。けれど、今年はそれがなかった。おそらく、秋晴れがなかったからだ。

学生の頃、下宿のアパートで、たまたま近くの本屋で見つけた村上の本を読んだ。

ノルウェイの森』は読みやすいと思ったし、主人公が大学生ということもあって、自分と二重写しになった。

それで、『世界の終り〜』も読んでみたのだが、その世界に引き込まれたものの、何が描かれているのか、何を描きたいのかがもう一つ分からなかった。

この分かりやすい小説と分かりにくい小説を書く作家として、そして、秋晴れの夜に現れる作家として、村上は私の前に姿を現した。

 

静かな、澄んだ空気に囲まれた夜に、机に向かって読んでいた。

その時のアパートの部屋の空気、空に星が瞬く夜、犬が鳴いていたり、隣の部屋の声が時々聞こえたり。

そうした過去の一度きりの景色。今も私の中に眠っている美しい光景である。

 

近藤勇山南敬助LGBTの男性・女性、非正規雇用者、学生生活を謳歌する大学生、宗教活動家、歴史上の人物から、マイノリティ、貧困層、バンカー、、、

立場は違えど、その時代を生きる人の群れの中で、その時の空気を、課題を、人の生き様を、少しでも自分のこととして生きられたらと思う。

地方都市、アン・ブーリン、第三の性

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日常生活の買い物をする時は、近所のお店で必要なものが買える。ほんの30分もあれば、スーパーや雑貨店やコンビニを回り、用事は済んでしまう。

でもこれは、誰にでも当てはまる普通のことではない。

 

私の先輩のある人は、地方都市に出張で行くと、必ずその地方の名士に会っていた。

またある先輩は、歴史上の人物の墓地に必ず行っていた。

私はというと、地方都市に行ったりすると、駅前のスーパーに行く。その土地のスーパーの野菜の値段や肉の値段や種類、魚の種類とかを見たりする。

スーパーに行くと、その都市の特徴が垣間見えたりするし、レジで地方特有の言葉遣いも直接聞くことができる。

 

でも、これはまだ地方都市といっても大きめの地方都市であって、さらにローカルな地方の駅に行くと、駅前には何もない、あっても小売のお店が少しあるくらいで、こういう町というか村の人たちは、車がないと生活できない。

私も地方都市になんどか住んだことがあるが、生活するには自動車が必要であった。

関東地方では、東京から連なっている埼玉や千葉あたりだと都会だが、房総半島方面や奥秩父方面や館林や熊谷以北あたりにあると、もう自動車が主体の生活になる。

関西でも、湖西線方面で堅田以北になると、極端に田舎になるし、亀岡以北・福知山以北になると、もう本当に田舎である。

近頃はアマゾンや楽天をはじめとするネット買いができるけれど、宅配便の労力は半端でないと思う。

 

いつもは街中まで買い物に行くのだが、今日はたまたま自宅近辺のお店を回ったら、必要なものは全て買うことが出来て、なんでいつも街中に行くのかなと思ったりした。

私は大体休みの日に1週間分の食料を買い込んで、休みのうちに3、4日分の料理を作ってしまうような生活をしていた。

ブーリン家の姉妹 DVD

ブーリン家の姉妹 DVD

 

 ブーリン家の姉妹をはじめ、エリザベス1世関係の映画をずっと流しっぱなしにしている。

エリザベス [DVD]

エリザベス [DVD]

 
エリザベス:ゴールデン・エイジ [DVD]

エリザベス:ゴールデン・エイジ [DVD]

 

 エリザベス1世の母は、あのアン・ブーリンである。ヘンリ8世は残忍で好色な君主と見られるけれど、500年前の時代の社会の行動様式は、今とは全く異なった原理で動いていたに違いない。

 

テイラー・スイフトが新しいアルバムを出した。

 名作『1989』と比較されて行くだろう。

外国語の音楽は、歌詞がもうひとつわからない分、ピアノ曲同様、歌声も楽器のように聞こえていって、バックミュージックに調度いい。

ブルックナー:交響曲第9番

ブルックナー:交響曲第9番

 

 土曜日の夜には、ブルックナー・サウンドがお薦めである。

中でも9番は神秘的で、格好良く、森の中の静けさと舞いを連想させる。

シンフォニーの9番目というのは作曲家の目印である。偉大なベートーヴェンに並ぶことができるかどうか。

 北海道、六花亭のレーズンバターサンドは本当に美味しいし、リプトンのロイヤルミルクティーと合わせると、夢見心地である。

 昨夜は、ブログを書いていたら知らない間に机の前で寝てしまいました。おそらく、梅酒を飲んでしまったからだと思います。

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ドイツで、第三の性が公的に定められるそうです。

歴史的には、ヒジュラーと呼ばれる第三の性・両性具有が古くからインドには存在したけれど、そのインドとオーストラリアに続いてドイツでも、法的な整備がされるとのこと。

ジル・ドゥルーズの「n個の性」というのがあったが、男性と女性の二項対立という考え自体が一般的であるために、現実の身体に現れる様々な性の分布に、私たちは困惑するのである。

私は各身体が緩やかに性を分布させ当てがって行くのが楽だと思う。

男の子のような女の子、女の子のような男の子という有りふれた人たちだけでなく、もっと微視的に観察すれば、繊細で微妙な性の位置付けが見られると思う。

左右対称でない、波や草木の如く

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ここ毎週、週末になると友達と飲みに行っていた。

私は誘われるとほぼ100%行くので、次回も誘われることが多く、そういう人が増えてくると、しょっちゅう飲んだり食べに行ったりすることになる。

でも、人といることが苦にならないし、帰りたくなったらさっさと帰るので、自分の生活に支障があるわけではない。

以前、金融機関時代、飲みに行かない日は、ほとんどなかった。毎日、打ち上げや接待や打ち合わせや勉強会と銘打って、政治家みたいに毎日、飲んでいた。

新入社員の紹介文に、大統領のように働いて王様のように暮らしたいと書いていた人がいたのだが、それは大袈裟としても、そういう風に生きていけるなと思った。

 

今日は、一人で鳥貴族にでも行こうかと思ったのだが、止めて、セブンイレブンで食べ物・飲み物をたくさん買って、トリキの代わりにした。

コンビニで好きなものを買うのは、結構好きである。しばらく行かないで久しぶりに行くと、商品が結構代わっていたりして、新しいのがある!と目が光る。

最近、ロッテのチョコレートの新商品で、シャルロッテというのがあるが、これは割と美味しい。だけど、しばらくして近くのコンビニの商品棚から消えた。どうして何だろう?

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豊臣秀頼は、身長が桁外れに高かった。180センチ以上はあったらしい。

世間のイメージでは、家康が秀頼を大坂の陣で倒したためか、秀頼の幼い頃の肖像画が有名なためか、秀頼のイメージは小さい子供というものかと思う。

歴史上の人物の実像は、世間に流通しているイメージとは全く異なっている場合もあると思う。

私は、硬直した歴史観や人物像を払拭して、新しい姿を見たいなと思うから、若手の学者や小説家や漫画家の書いたものを読むようにしている。

へうげもの』では、大坂の陣に至るまでのプロセスで、豊徳合体という策がこと細かく描かれている。これも一つの見方で、歴史の流れを柔軟に、歴史が決して、定まった流れの元にあるのではないことを示している。

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一つの仕事場には、最低でも5年はいないと、そこがどういう場所なのか、何が問題となっているのか、そこで何を習得できるかなどといった問題群が自覚的に見えてこない。

私は基本的にそう考えて、最低でも5年は一つの場所にいることにしている。そもそも、仕事を決めるときに適当に決めるのではなく、目的や腹積りを持って仕事に就くことが前提だが、仕事に就いて、これは俺には向いていないとか、 こんな仕事やりたくないとか思うのは、そう思ったとしても、まずは乗り越えないといけない壁だし、そこが越えれないとどこに行っても長続きしないし、本質的な問題に立ち向かうことができないで終わってしまう。

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自然界には、左右対称なものも数多く存在するが、左右非対称で、人知ではその法則が容易には掴めない法則に従っているものも存在するだろう。

波や雲や草木や、秩序立っているように見えても、どうしてこんな形が生まれるのだろうと思えることもある。

 社会の秩序も法則も、明瞭でないことの方が多い。何かにつけ、ルールや法に則った方を取り入れる向きもあるけれど、頑なにならずに、どこにでも誰にでも、向かうべき傾斜の欠片はあるものと考えて、柔らかく目を見張るのが良いかと思う。 

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 話題がバラバラですが、休みになって時間があると、次から次へと興味あることが頭をよぎり、その全てに関わろうとすると反対に何もできない羽目になるので、流れに任せてやっています。