ojos de perro azul:青い犬の目

青が好き。時々刻々と興味・関心が移ろいで行きますが、あまり守備範囲は広くありません、

2018年、平成30年を迎えました

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2018年、平成30年が到来しました。

平成はあと1年ほどで終了してしまいます。今から100年前は大正時代。

大正時代も15年と短かった。

平成も31年。短い。

 

冬休みは、読みたい本や見たい映画にひたすら関わっていました。

ブログのことは、何か書きたいなと思いながらも、書いていませんでした。

今年も少しずつ、書いて行こうと思います。

 

探偵小説が日本に登場したのが100年前くらい。それまでにはなかったジャンルの小説。

このこと一つでも、時代や年代に断層や連続があることが分かります。

 

現在、何が時代の焦点なのでしょう。

高齢化や環境問題やAIといったニュースレベルのキーワードは浮かびますが、私たちの身近な事柄として、どんな問題があるのか、等身大の目で見られればと思います。

 

それには本や映画や音楽も大事だけれど、人や街と触れ合うのが大事。

インターネットでラーメン特集をしている番組を見ていたら、北海道が出ていました。街の人が普通にラーメンを食べている姿が映っていました。

市川や環七沿いのラーメン屋に良く行っていた時のことを思い出しました。

近頃は、週に一度外食するだけで、街を歩くのもその時くらい。

 

人や街との交流。ここ数年の私は交流範囲が狭くて、これは良くないなと思います。

その辺りを開拓していきたいです。

 

今年も宜しくお願い致します^^

 

 

 

シェアリング、不確かな未来への舵

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シェアリングが少しずつ認知されてきている。

住居、車、宿泊所、オフィスなどがそうだが、私個人だと、旅行先も含めて住まいをシェアするのは難しいと思う。

そもそも寛げない。プライベートな空間に他人が入ってくることがストレス。

新入社員時代、ホテルに1ヶ月以上缶詰にされて、5、6人と寝起きをともにしたが、相当鬱陶しかった。学生時代の部活で、休みになると多くの友達と大部屋で一緒に住んでいたが、これも楽しいところもあるがトータルではしんどかった。

私の感覚が他の人にも共通するとは思わないが、多くの人にとって、わざわざ他人と住居を共有するのはご免だという感覚が一般的ではないだろうか?

だから、この感覚からスタートして、ルームシェアリングをビジネスとして成立させて行くのには一工夫いるし、どういった人がシェアリングを活用しそうなのかを考える必要があると思う。ルーム・シェアリングの実際は知らないが、極端に値段が安いとか、何か差異がないといけない。

 

しかし、同じシェアリングでもカー・シェアリングは将来、私も使う可能性はある。

そもそもレンタカー自体が、シェアリングと言えるし、レンタカーならば使いたいときに乗りたい車を借りて、費用もそれほどかからず楽しめる。

実際、ベンツやアウディなどの外車は買ってまで乗ろうと思わないが、興味本位で数時間借りて乗ってみるのも面白いし、引越しの時など、小型トラックを借りれば引っ越しが自分でできてしまったり、費用を抑えることもできる。

私も長い間、自動車に乗っていたが、かなりの費用が掛かる。本当にどうしてこんなに費用が掛かるのと思えるくらい掛かる。お金持ちはともかく、庶民は電車・自転車で済ますのが賢明だと思う。

 

村上春樹「木野」に3匹も蛇が出てくる場面がある。

女のいない男たち (文春文庫 む 5-14)

女のいない男たち (文春文庫 む 5-14)

 

 物語では、地震か何かの前触れだろうかと書かれている。

主人公木野の身辺に起こった変化と連動して、蛇の登場や猫の退場が起こるのだが、私の子供時代に住んでいた古い長屋には、蛇・イタチ・鼠・猫などが出入りしていた。

インターネットで見ると、イタチが家に住み着くと良くないと書かれているのだが、私の印象だと、イタチが家に住み着いていた方が安心だと思う。

子供の頃に、ある部屋の天井に繋がる板を外して取り替えたことがあった。

天井の板を取り替えることで、部屋は見違えるほど明るく綺麗になったのだが、その大工作業が終了する頃に、窓の外を眺めていた私と母親の頭上を、イタチが猛スピードで飛んで行ったのを目撃した。

私はそれが何か分からなかった。見たことがなかったのもあるが、あまりにも凄い速さで飛んで行ったので、一体、今のが何なのか目に止まらなかったのである。

このことと同時に、私の家の成り立ちが少しずつ変わっていったように思う。

 

家も人も、その土台がしっかりしていないと、脆くて崩れてしまう。

現在では、家に動物が住み着いているという家は少なくなっただろうが、動物が住み着くというのは、彼らにとって住みやすく居心地がいいからだろう。

私たちが今の社会に薄っぺらさを感じるのも、長い間築かれてきた土台が消滅してきているからだと思う。

 

シェアリングは、経済的な面で特典がなければいけないけれど、もう一つの面として、他人との親しみ・交流という面が重要だと思う。

シェアリングがこれからどういう方向に進んで行くか分からないけれど、シェアリングという発想、特に人との関わりとしてのシェアリングの発想は、漠然とした未来へ向けての舵の役割を果たすと思う。

 

だらだらと

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年末で仕事も休み。

ブログも浮かんだことを書いています。

 

お笑いを好きな人は結構いる。笑ったり・面白がったりしたいのは、人間の欲望の一つだと思う。

学生時代の友達に、セリーヌを研究しているフランス文学専攻の人がいた。彼はお笑いオタクを自称していた。難解なセリーヌを原文で読みながら、お笑いのテープをイヤホンで聞いている姿をいつも見かけた。

私はテレビがないのでテレビ番組は基本的に見ないのだが、テレビに笑いを探さなくても、笑いは普通に転がっている。

 

今年、私が使い始めた文房具のベストワンは、フリクションである。

そこそこ使ったので、その欠点らしきものが分かった。その欠点は、「インクの減りが早い」こと。

2、3本買って自宅と会社で使っていたが、いつも使っているボールペンがまだ3ヶ月くらいは書けるのに、フリクションはもうインクがなくなっている。

最初は、温度のせいかボールが固まってインクの出が悪いのかと思ったが、毎回見たらインクがなくなっている。

フリクションの今後の課題だと思います。

 

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毎回、同じ店に行ってラーメンを食べる方なので、来年からは他の店にも行きたいと思います。

上の写真は、チェーン店なのに、店舗によって味が異なるラーメンを出すお店です。

そこそこ美味しい。

ラーメン・カレー・焼肉・ホルモン・コーヒーなどはお店がたくさんあるので、行くなら違う店を目指したい。

近頃、近所の吉野家に夜お腹が空くと食べに行くときがあります。

ネギと卵がついている牛丼セットにして、これに明太子を付けて、紅生姜もたくさん目に入れて食べます。

この組み合わせだと、牛丼を、ネギ、白身卵、黄身卵、明太子、紅生姜、牛単品と合計6パタンで食べられるので、楽しめます。

 

私は、基本的にインドア派。パソコンと本があれば、飽きるまでそれらに関わっていられるし、眠くなったら寝てまた起きて、となってしまいます。

学生時代や受験生時代、試験前になり冬だと、コタツ生活を送っていました。勉強していて眠くなったらコタツの布団で寝て、起きたらまた勉強の続きをやってと、それを毎日やっていました。今はコタツも使っていなしし、ちゃんと布団で寝ていますが、基本は変わっていない。

だけど、1日のうち2時間くらいはアウトドアで、スポーツとかやって、またインドアに戻る生活がいいのですが、2時間でそんなお手軽にできないので、半日は外出、残りは自宅という生活になりがちです。

 

まとまりがなく、だらだらと書いてしまうのでこの辺にしておきます。

光と闇の叙事詩 スターウォーズ

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朝からスターウォーズ最新作を見に行った。

今回の作品は、ストーリーを再現するのが難しかったのだろうと思う。

技術的なSFXなどの問題ではない。

善と悪が絡み合う複雑な微妙なニュアンスをどう表現するのか?

全き善がいるのではない。全き悪がいるのではない。その両方を気にかけながら苦悩している存在がいる。

そうした人物をどのように描くのか?

スターウォーズ最新作は、この点に焦点を合わせると、今までの単純な善悪構図から離陸した新しいスターウォーズが現れたと言える。

 

その苦悩している人物とは、ベン・ソロことカイロ・レンである。

しかしながら、カイロ・レンだけではなく、レイ、ルークもカイロ・レンの苦悩を仲立ちとして、苦悩する存在として描かれている。

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良い人、悪い人を表現するのは容易である。

しかし、良い人でありつつ悪い人へと様変わりする人を描くのは難しい。その逆も難しいだろう。

カイロ・レンは善の部分を残しながら悪に染まったけれど、善に戻る余地もあるかのように、ないかのように描かれる。これは難しい。

カイロ・レンを演じたアダム・ドライバーは、その際立った演技力で、この難役を見事に演じているが、今回のスターウォーズは全体として失敗作と思われた人も多いと思う。それは、カイロ・レン、レイ、ルークの性格と行動がしっくり来ない、分かりにくい点からくるのではと思う。

 

スターウォーズシリーズは、当初のSFジャンルを保持しながらも、その軸足を人間劇に大きく移している。

銀河系の戦いを描いたスターウォーズ旧三部作が、新三部作によって、ダース・ベイダーの誕生を描くというダイナミックなヒューマンドラマに変貌し、さらに、フォースの覚醒に始まる新々三部作によって、善と悪の入り乱れた複雑なストーリを描こうとする。

 

嘗て浦沢直樹は『MONSTER』において、善から悪へと変身し、さらに悪から善へと戻ってくる人物ヨハンを造形するという離れ業を行なった。

MONSTER 全18巻 完結コミックセット(ビッグコミックス)

MONSTER 全18巻 完結コミックセット(ビッグコミックス)

 

 『スターウォーズ』シリーズが、次回の最終作で、どんな展開・結末へと至るのか?

40年近くを賭けた一大プロジェクトが終わりを迎える。

patagonia、ズラタン、ウシュアイア

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服、靴など衣類は滅多に買わない。

一度買ったら、3、4年は買わないで同じものを着ていると思う。衣類は欲しいものリストで後回しになるし、いいものを買ったら、なかなか傷まないから、まず買わない。

 

よく買うメーカーは、patagoniaという少し値段が高めのものである。

patagoniaは、カラーヴァージョンも結構あり、とにかく繊維が丈夫である。もう7年くらい前に買ったTシャツは、今でも全く傷む気配さえ見せない。確か5千円だったと思うけれど、乾きやすく肌触りもよくて、これは優れものだと思う。

 

patagoniaは、たまたま見かけたその名前に目が行っただけだった。

patagoniaとは、南米アルゼンチンの最南端に横たわる地帯である。大規模の氷河が有名である。

ラテンアメリカ世界に長い間関わってきたので、初め見たとき、そんな名前のメーカーがあるんだと気になった。

もう20年くらい前のメキシコの監督だったかアルゼンチンの監督だったか忘れたが、『El viaje』という映画があった。

この映画は、patagoniaのウシュアイアという港町出身の少年がメキシコにいる父親に会いに行くというストーリーで、そこで歌われていたウシュアイアをテーマにした歌をはじめとする音楽と、その映像美がとにかく印象深かった。

憂愁・記憶・祖国・兵士・幻想・壁画といったワードが思い浮かぶラテンアメリカ世界を綴ったこの映画は、この世界が日本とも西洋とも異なった世界であることを明確に浮かび上がらせていた。

この映画の題名はel viaje=旅というものだが、日本語への翻訳段階で『ラテンアメリカ光と影の詩』というベタなものに変わっていた。この翻訳自体が、ラテンアメリカの光と影の精彩を読み取れない日本人らしさがよく表れていると思う。

 

アメフト、サッカー、ラグビー、野球などボールを扱うスポーツが好きである。

と言っても、普段はそんなに見ないし自分でやることもない。

いつも何となく気になっているだけで、それも私が好きなのはそう言ったスポーツのルールや作戦やボール技術で、この選手やチームが好きというのもほとんどない。

強いて言えば、ヤクルトスワローズ西武ライオンズ鹿島アントラーズが好きである。選手では、王貞治江夏豊野茂英雄イチロー江川卓イブラヒモビッチがすごいなと思った。

学生の時、体育の授業で一年間、ラグビーをやっていたが、似たようなスポーツに見えるアメフトやサッカーとは随分違うなという感じを受けた。

どれもスタミナ・瞬発力が必要だけれど、自分の持っているスタミナ・瞬発力の配分が違うように思う。

スポーツはどれも面白い。そのルールを知り、作戦を知り、技術を知って、関心を持ち始めると、この場面ではどうしたらいいのだろうと頭脳を使うのが心地いい。

格闘技系にも関心があるのだが、今のところ柔道・剣道・相撲しか知らない。

 

冬休みは、旅をするか、何をするか?

計画plus閃きで生きている私は、何かをする瞬間にならないと、何を始め出すのか自分でも分からない。

幸せなことはいいことだ

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学生時代の友人から連絡があった。

声を聞いたのはもう10年以上は前だ。もっと前かもしれない。

結婚すると言って来た。結婚式に来てと。

彼はもう結婚しないと思っていた。このご時世、独り身で生きていく人も多い。彼もその中の一人だろうと思っていた。

不思議な気がした。

 

近頃、ぱったりと止んでいた結婚式への出席が増えて来た。

世の中、少しずつ変わって来たのかもしれない。

幸せな人たちが増えるのは喜ばしいことである。

 

久しぶりに東京へ行くことになりそうだ。

人生の大半を過ごした東京は、私にとって記憶に溢れた街である。

数年離れた東京を見て、私は何を感じるのだろう。

 

私にも伴侶がいればいいなと思う時もある。

決して一人で気ままに生きたいわけではない。

話し合え、助け合え、信頼し合える人がいたらいいなと思う。

 

友人の結婚を祝福したい。おめでとう。

その記録をここに書き留めておきます。

白紙に設計図をしたためて

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今年も残すところ、あと半月ほどである。

 

今年は何があったのだろうか?

平凡な日常が続いているから、いったいこの一年、身の周りで何か変化があったのか、分からなくなる。

 

このブログを見返してみれば、そう言えば、これは自分にとっては事件だったなと思うことがあるかもしれない。でも、今思い出そうとしても、別段変わったことは思い出せない。

 

来年は、本や音楽や映画にお金をかけるのを減らして、極上に美味しいものを食べるのにお金を配分したい、と思います。

特に本は、これ読みたいと思って買うのだが、そんなにたくさん買っても、一気に読めない。音楽や映画は、それほど見たりするのに時間がかからないけれど、本と同様、衝動買いしてしまいがちである。

鰻にしろ、ハンバーグにしろ、パスタにしろ、極上に美味しいものを適度に食べたい。馬鹿喰いするのは止めて、食を味わいたい。

 

ここ数年、ずっとなのだが、宗教の問題が、喉に刺さった小骨のように気になっている。私は無宗教なのだが、実家は多くの日本の家同様、仏教の檀家である。

過去に、特定の宗教に関わる切っ掛けがなかったわけではない。

けれど、宗教に吸引されることは結果的になかった。それは、出会った宗教に説得力がなかったからだと思う。

私の考える本当の幸せは、宗教にはないと思えた。若いときには宗教に魅力を感じた瞬間もあったが、それは世俗的な生活に嫌気がさしたからであって、宗教に積極的な魅力があったわけではなかった。

ただ、私は宗教を奉じて生きる人を否定するものではない。それは、どの人も何かを信じて生きているという意味において、宗教的な存在だし、私も特定の学問を心の拠り所にして生きているから、宗教を否定することは自分を否定することでもある。

 

ダンケルク(字幕版)

ダンケルク(字幕版)

 

 クリストファー・ノーランの『ダンケルク』が、早速配信されている。

結局、映画館には足を運ばなかったが、気になっていたので、配信日当日に鑑賞した。

実話ということもあって、これまでのノーラン作品と比べて、ストーリーが分かりやすい。

今回の目論見は、脱出劇を肌で体験・体感することにあるのだろうか。

大画面でしかもIMAXで鑑賞したら、大迫力の臨場感を持って現場を体験できると思う。

過去を、実際の出来事を、忠実に再現することはできない。私たちは自分の設計図に沿って、過去を創造できるだけである。

そういう点では、ノーランの設計者としての映画製作は、明瞭な意志のラインが通っていると思う。こうしたい、こういう設計図で作りたいという意志が明確だ。

 

宗教を奉じるにしろ、映画を製作するにしろ、仕事人・労働者として生きるにしろ、学問に仕えるにしろ、強い意志と優れた設計図の元でやって行きたいものだと思う。