原宿駅で降りて竹下通りを抜け、裏道を通りながら会社まで行った。時には外苑前で降りて出社することもあった。
近くに明治神宮もあり、荘厳さとお洒落さが同居している街だった。
いつ歩いても落ち着いた感じで、人は確かにたくさん歩いていたが、息苦しい雰囲気ではなかった。
私が過ごし、歩いてきた数多くの街並み
練馬や東村山や西東京といった西武方面の風景
所沢から川越、大宮へと続く埼玉の景色
大岡山、目黒、自由が丘も好きな町だった。
あの頃、私が目にし体験していたことは、今でもそこにあるのだろうか。
私の生活は大きく変わってしまった。
「国境の南、太陽の西」を読むと、脳裏には当時の空気が蘇ってくる。
私も先週一つ歳を取ってしまった。
今いる場所は、居心地が良くもあり、その反面、希望や清々しさが少ない。
私の幸せは、いつも何気なく見ていた景色の中にあったのだと思う。
通りを行き交う人々の表情や朝の太陽を浴びて反射する二階の硝子戸
夕方、カラスの声とともに暮れていく月光と交差する日輪の光が、アパートの壁に薄っすらと色をつける。
我々の世界は文学に満ちている。
日常の中に、個人的な掛け替えのない色調を見出すことで、世界はいかようにも変化していく。
私は文学を志したことはない。しかし、文学的に生きようと20代に決めた。
それは、世界と接触する地点において、私と接触する平面の襞を私の感情とともに生きることであった。
以前より鳥肌が立つほどの感慨は得られなくなったけれど、それでも、世界と接触する時の私の感情は、今でも自分が生きて感覚することに対しての畏怖の念とともにある。