ojos de perro azul:青い犬の目

青が好き。時々刻々と興味・関心が移ろいで行きますが、あまり守備範囲は広くありません、

シェアリング、不確かな未来への舵

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シェアリングが少しずつ認知されてきている。

住居、車、宿泊所、オフィスなどがそうだが、私個人だと、旅行先も含めて住まいをシェアするのは難しいと思う。

そもそも寛げない。プライベートな空間に他人が入ってくることがストレス。

新入社員時代、ホテルに1ヶ月以上缶詰にされて、5、6人と寝起きをともにしたが、相当鬱陶しかった。学生時代の部活で、休みになると多くの友達と大部屋で一緒に住んでいたが、これも楽しいところもあるがトータルではしんどかった。

私の感覚が他の人にも共通するとは思わないが、多くの人にとって、わざわざ他人と住居を共有するのはご免だという感覚が一般的ではないだろうか?

だから、この感覚からスタートして、ルームシェアリングをビジネスとして成立させて行くのには一工夫いるし、どういった人がシェアリングを活用しそうなのかを考える必要があると思う。ルーム・シェアリングの実際は知らないが、極端に値段が安いとか、何か差異がないといけない。

 

しかし、同じシェアリングでもカー・シェアリングは将来、私も使う可能性はある。

そもそもレンタカー自体が、シェアリングと言えるし、レンタカーならば使いたいときに乗りたい車を借りて、費用もそれほどかからず楽しめる。

実際、ベンツやアウディなどの外車は買ってまで乗ろうと思わないが、興味本位で数時間借りて乗ってみるのも面白いし、引越しの時など、小型トラックを借りれば引っ越しが自分でできてしまったり、費用を抑えることもできる。

私も長い間、自動車に乗っていたが、かなりの費用が掛かる。本当にどうしてこんなに費用が掛かるのと思えるくらい掛かる。お金持ちはともかく、庶民は電車・自転車で済ますのが賢明だと思う。

 

村上春樹「木野」に3匹も蛇が出てくる場面がある。

女のいない男たち (文春文庫 む 5-14)

女のいない男たち (文春文庫 む 5-14)

 

 物語では、地震か何かの前触れだろうかと書かれている。

主人公木野の身辺に起こった変化と連動して、蛇の登場や猫の退場が起こるのだが、私の子供時代に住んでいた古い長屋には、蛇・イタチ・鼠・猫などが出入りしていた。

インターネットで見ると、イタチが家に住み着くと良くないと書かれているのだが、私の印象だと、イタチが家に住み着いていた方が安心だと思う。

子供の頃に、ある部屋の天井に繋がる板を外して取り替えたことがあった。

天井の板を取り替えることで、部屋は見違えるほど明るく綺麗になったのだが、その大工作業が終了する頃に、窓の外を眺めていた私と母親の頭上を、イタチが猛スピードで飛んで行ったのを目撃した。

私はそれが何か分からなかった。見たことがなかったのもあるが、あまりにも凄い速さで飛んで行ったので、一体、今のが何なのか目に止まらなかったのである。

このことと同時に、私の家の成り立ちが少しずつ変わっていったように思う。

 

家も人も、その土台がしっかりしていないと、脆くて崩れてしまう。

現在では、家に動物が住み着いているという家は少なくなっただろうが、動物が住み着くというのは、彼らにとって住みやすく居心地がいいからだろう。

私たちが今の社会に薄っぺらさを感じるのも、長い間築かれてきた土台が消滅してきているからだと思う。

 

シェアリングは、経済的な面で特典がなければいけないけれど、もう一つの面として、他人との親しみ・交流という面が重要だと思う。

シェアリングがこれからどういう方向に進んで行くか分からないけれど、シェアリングという発想、特に人との関わりとしてのシェアリングの発想は、漠然とした未来へ向けての舵の役割を果たすと思う。