ojos de perro azul:青い犬の目

青が好き。時々刻々と興味・関心が移ろいで行きますが、あまり守備範囲は広くありません、

途中から読む、頭から読む、最後から読む

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ラーメン屋→本屋→パフェというのが、週末のおきまりコースである。

どうも、今の私は、ラーメンとパフェが食べたいみたいだ。

 

最近本屋で購入した書籍をいくつか挙げておきます。

フェルマーの最終定理 (新潮文庫)

フェルマーの最終定理 (新潮文庫)

 

 私は、計算が得意なわけではないし、数学も得意なわけではない。けれど、数学は好きである。

数学は、現実とは独立した一つの世界を形成していて、様々な美しい理論や定理が犇いている。だけど、現実から独立しているとは言え、現実と無関係ではなく、数学の世界を通して現実を眺めると、うまく整理できたり、異なった風景が浮かびあがったりする。

ロシア革命100年の謎

ロシア革命100年の謎

 

 今年はロシア革命から100年に当たる。様々な関連本が出始めている。

100年という節目で、出版業界の思惑もあるのだろうが、大きな出来事も100年経過すると、資料も出揃って、その全貌や意義や影響が正確に分析できるし、現在の視線から見れば、また新たな光が投げかけられるから、100年記念というのも意味のないことではない。

ロシア革命は、共産主義という理想を実現するべく図られた、壮大な実験であった。

ビッグコミックオリジナル 2017年 11/5 号 [雑誌]
 

 浦沢直樹が新連載「夢印」をスタートさせた。

ルーブル美術館のプロジェクト参加作品らしい。

初回連載は、工場を経営する一家の主人が脱税する話が描かれている。

 面白い連載は結構あって、例えば、「昭和天皇物語」では、天皇のことを普通に描けるようになったんだなと実感できるし、「黄昏流星群」は、2030年という近未来のアンドロイドのお話で、こういうことも起こりうるんだろうなと思いながら読んだ。

エリザベス一世 (講談社現代新書)

エリザベス一世 (講談社現代新書)

 

 歴史好きな私は、いつもどこかの国のどこかの時代にタイムスリップしている。

現在は、16世紀のイギリスで、エリザベス治下の社会に潜伏している。

読書は、「なぜ?」という疑問を持ちながら読み進めると、本当に楽しいと思う。

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私の子供の頃、映画は、一旦映画館に入れば、同じ映画を何度見ても良かった。

私も一回行ったら、同じ映画を最低2回は繰り返し見て、帰っていた。

二本立てだと、計4回見ていたことも普通だった。

さらに、昔の映画館は、途中から入場しても問題なかった。途中から見て途中から出て行く人もそれなりにいた。

だから今みたいに、何時から始まるからそれに合わせて行こう、みたいなことはなかった。私は、いつもいきなり行って入って、途中で出て帰っていた。


頭の固い大学教授などは、本は頭から読め、映画は頭から見ろなどと言いそうだけれど、昔の映画館のように、最初から見たい人は最初から、途中から見たい人は途中から見ればいいと思う。

 

映画も、途中から見始めて、なんの話だろうと筋を追って行くうちに、展開が分かって来てエンディングを迎え、そもそも最初はどんな感じでストーリーが進行していたのだろう?と疑問を持ちながらもう一度頭から見直すと、結構面白い発見があったりする。

 

高校生の勉強でも、日本史は、古代史から学ぶのではなく、近代史から学ぶのもありだ。

それも明治維新から順を追って勉強するのではなく、例えば、日清・日露・第一次世界大戦時代の近代史から、国際関係などをチャート化しながら理解して行くと、「ああ、そうなんだ」と頭が整理されて、どんどん理解が深まり、日本史全体を知りたいと思うようになるかもしれない。

 

自分が興味を持って読み始めたところが、先頭である。

最後から読み始めれば、そこが、その人にとっての出発点である。自分にとって魅力ある箇所からスタートさせること、それが大切である。

 

読書も映画も、見て読んで楽しむというだけでなく、本や映画を使いこなしてこそ、読書や映画の醍醐味が生まれてくる。

使いこなすには、興味を途切れなくさせて、細部から全体への理解に至ることが必要である。