スガシカオ続きですが、「ふるえる手」という曲の歌詞です。
いつもふるえていた
アル中の父さんの手
僕が決意をした日
やれるだけやってみろって
その手が背中を押した
何度だってやり直せばいい
僕が描いた夢に向かって
歩きはじめたあの日を
忘れることなんてない どんな日も
夏の区営プールで
泳ぎを教わった日も
指がふるえていた
「父さん、もう平泳ぎはいいから・・・」って心で言った
かっこ悪くて 真っ直ぐで
いつか僕の結婚式で
そのふるえる手が見たかった
不器用な言葉と
僕が望んだ夢に向かって
もう何度もつまずきながら
歩き続けています あの日から
スガシカオの父親はアル中で、見栄えも良くなく、話し下手だったようだ。
けれど、そんな見た目のかっこ悪さとは関係なく、スガシカオは父親が大好きで、誇らしいと思っていたことが分かる。
どれだけ子供のことを、人のことを、心から気にかけて考えてくれているか、そのことに子供は、人は、心を動かされる。
外見は重要な要素じゃない。
この短い歌詞の中には、こうした、人が肝に命じて振る舞って行かねばならない態度が記されている。
僕が描いた夢に向かって
歩きはじめたあの日を
忘れることなんてない どんな日も
父親の言葉が背中を押した決意の日を、スガシカオは生涯忘れることがないだろう。
「ふるえる手」と呼応する「アストライド」を貼り付けておきます。