ojos de perro azul:青い犬の目

青が好き。時々刻々と興味・関心が移ろいで行きますが、あまり守備範囲は広くありません、

四つの福音書

聖書は、冒頭からひたすら読もうとすると、おそらく、もういいよ読むのやめた、となる。こうした大部の書物を読むときは、全体の見取り図を確認しながら読むといいと思う。

それには、聖書自体を読む前に、予備的な知識を頭に入れてから読むのがいい。当時のユダヤの歴史やユダヤ社会について少し知ってから読むと、今どの辺りの歴史に相当する部分を読んでいるのか分かり、さらにそこに登場する人物の相関図をノートに描きながら読み進むと、より鮮明に聖書の記述が見えてくる。

複雑なものに当たるときは、見通しを良くしながら進むのがコツだと思う。

旧約聖書にはイエス・キリストは登場しない。新約聖書になって初めて登場する。そして、新約の冒頭にある四つの福音書が、イエス・キリストの生涯を綴っている。四パターンのキリストが描かれているのである。さらに、マタイ・マルコ・ルカ・ヨハネ福音書のうち、ヨハネ福音書だけが、他とは違った方向性でイエスを語る。

キリスト教は、名前からしてキリストなので、イエス・キリストに注目がいき、彼の生涯が記されてある新約聖書が重宝されるが、聖書は手に取ればわかるように、ユダヤの世界を描いた旧約聖書の方が圧倒的に膨大な量である。すなわち、キリスト教ユダヤ教という土台なくては成り立たなかったということが、ここからも推察できる。

こうした基本知識を得るだけでも、そうなのかと思って、見通しが良くなる。

小学校でイエスの偉人伝を読んだときのように、この四つの福音書から聖書を読み始めるのも、入門的には分かりやすくていいかなと思う。イエスの生涯を理解し、その上で、イエス以前の世界とイエス以後の世界を理解するように読み進めるのも、方向性としていいと思う。

聖書を読むことは、大昔の昔話を読むこととは違う。そこに描かれた世界は、その当時起こった出来事の数々であるけれど、現在生きている人たちが、ある出来事に直面する時の感情や人間関係などを、聖書で追体験することができる。数多くの作家、哲学者、映画作家、音楽家などが、聖書からインスピレーションを得て物語を書いているのは、聖書に他では得られない創造の泉があるからだと思う。

カラマーゾフの兄弟ファウストは聖書(旧約聖書ヨブ記)が発想の源だと言われている。